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2008年5月29日 (木)

[nekodemo]彼方にその人を見つけたとき

自称ネットジャンキーの私は、日々検索エンジンにお世話になっている。

何か調べモノがあると、すぐにぐぐる。googleの通常の検索でうまいこと探し物が見つからなければ、探したいものに合わせてオプション検索を使ってみたりgoogleニュースを使ってみたり、あるいは時事モノならばテクノラティを使ってみたりする。ずっと検索エンジンを使ってきたおかげで、検索フレーズの選び方も学んだし、検索エンジンにインデックスされている情報なら大抵見つけ出すことができるようになった。情報が溢れているこの世の中で適当に情報を見つけ出すことができる能力は、我々世代の間では当たり前のスキルだけれど、自分にとっては貴重な財産と言えるのかな、とも思う。

検索エンジンで探そうとするものは、何かの定量データだったり定性的な評判だったり、特定のモノだったりいろいろある。その中でも、検索結果をじっくり読んでしまうのは、「人」にまつわる検索のときだ。

これから会うあの人がどんな人なのか――。さっきチラッと名刺交換したあの人は何をやっている人なのか――。そんなふうにして、「人」を検索する。
例えばヘッドハンティング(人材サーチ)業界では、第二新卒世代の転職希望者を集めるために、就職サイトに登録されている「先輩社員」を見つけては、「転職しませんか?」と電話をかけたりする。これも一つの、人にまつわる検索結果が引き起こす行動だ。
(ちなみにちょうど今日、私にも知らない人から電話がかかってきた。外国人からの電話だったので、ぼくは英語ができないと言ったらうやむやになったのだけど。人材サーチか仕事の話か分からないが、きっと検索エンジンで検索して電話してきたのだろうと思う。)

ところで、私と同じようにやはりネットジャンキーで、日々検索エンジンを使いこなしている友人のmixi日記を読んでいたら、こんなことが書いてあった。

下手に検索能力があるので、見つけなくてもいいものも見つけがち。プライベートでは見えなくてもいいものだってたくさんあるんだよなぁ。
いま探しているのはある人の消息。ネット上で見つかったのは、小さく本人が写っている1枚の写真のみ。それ以外の情報はまったく見つからない。いまどこにいるのか、何をしているのかもわからない。その代わりに全然関係ない知らなくてもいい情報が、どんどんどんどん蓄積されて、複雑な気持ち。
そもそも消息を知ったところでどうしようもないので、あきらめるべきなのかもしれない。

私も、行方が分からなくなったある人の消息を、インターネットで探したことがある。あの人は今どうしているのかな、なんて思って検索エンジンを開いて検索をする。多くの場合は、同姓同名の別人の情報も出てきてしまうのだけれど、その人ならではのキーワードをくっつけてみたり、かすかに覚えているその人がやっていたことから検索してみたりすると、少しずつその人の輪郭が浮かび上がってくる。同姓同名の別人ではなく、私の知っている「その人」本人の、これまでの足跡がおぼろげに見えてくる。

ただし、そうやってその人の情報がどんどん判明し、その人がいま何をやっているのかなんていうことが分かっても、それ以上自分が何か行動を起こせるわけではない。検索した結果、その人がどこにいるのかが分かっても、じゃぁ今から会いに行こうとするのかというと、たぶんそれは、無い。いきなり会いに行って「あなたの居場所を調べて会いにきました!」なんて言ったら軽くストーカーだもんな。

だから、好奇心からその人のことを検索してみても、結局探し終えた後には虚無感を感じるとも言える。あぁ、検索なんてしなければ良かった、なんて。
その人のことを知りたいのだけど、知ってしまってもそれ以上どうしようもない気持ちは、どこへぶつけることもできない。

けれど最近思うのは、それでもその人のことを検索してしまったとき、もしかしたらその人を、影で応援することは出来るのかな、ということだ。

検索してしまったけど、会うことはできない。知ってしまったけど、自分には何もできない。
でも見つけ出したその人が、今、どこかで何かに頑張っているということを知れたとしたら、その活躍の様子を検索結果から垣間見ることができたら、ちょっぴり嬉しくなったりしないだろうか。人生の中でもう二度と会うことは無いのかもしれない人だったとしても、自分が検索してしまうぐらいのその人が、目標に向かって頑張っている、結果を残しているということがインターネットから伝わってくることもある。
もちろん、その場に自分がいられないことは悔しくもあるのだけれど、ただ何もしなければ記憶から薄れてゆくのみだったその人が、自分が応援すべき人になるのであれば、それはとても素敵なことだ。

彼方にその人を見つけたとき、心の中で応援するだけで何もしない自分を、ただの自己満足と呼ぶのかもしれない。それでも、誰かを応援しながらほくそ笑んでしまうような生き方は、よっぽど幸せに満ち溢れているはずだ。

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